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ショタコン女はいかにして生きていくべきか

ショタコンとして思うことを書いていきたい。

川辺太一朗くん

ショタコンならば誰しも半ズボンのためだけに80年代の映画を見まくる時期がありますよね。

私がそれで見た中の一つに「哀しい気分でジョーク」というものがありました。ビートたけしが主演で、息子役の川辺太一朗くんが最高にかわいらしい一作です。
もちろん半ズボン、それも食い込み気味のやつと、白ハイソでバッチリと決めていて、健気にムチムチの太ももだけ露出しておりました。たぶん、太ももだけというのがそそるんだろうね。海パンとかの方が露出度は高いですが、私としては、半ズボン白ソの方が数倍魅力的に思えます。女子高生のニーソみたいなものでしょうかね。

作中で川辺くんは不治の病にかかってしまうがたけしはそれを本人に言わずにやり過ごそうとします。
しかしある時会話が聞こえてしまい自分が死ぬことを知ってしまう。でも気を使う性格の川辺くんは親を思って気づいていないふりをして、、みたいなありがちな、お涙頂戴と言ってしまえばまあそうかもしれませんが、川辺くんの少し影のある表情や、笑うとできる涙袋のかわいさ太ももの悩ましさが、本当にたまらなくて、死んでしまうラストシーンではちょっと泣いてしまいました。
川辺くん(役名は五十嵐健とかだった)は天パーだったので、ちょっとなぁ…と思っていたのですが、見終わるときには全然関係ありませんでした。

なんていうのかな、単に半ズボンがエロいだけじゃないんですよ。少年の、女の子みたいに狭い肩幅なのに、男らしさを持たなければならないみたいな、健気さっていうかいじらしさというか…

まあ一番は太ももがエロいからだろうがな。でも、たいていのヒロインだってお色気シーンあるじゃんね。ショタコンよりよっぽど変態性欲だろうが!

半ズボンの神話

このブログは以前やっていた糞みたいなゲームレビューブログよりもだいぶ見て貰えているようでありがたいです。これだけおねショタ人気があるのだから、女ショタコンも需要があるのかなと思いましたが、私はドブスなんでねー、なんか申し訳ないですww

 

先日某図書館で、武田肇著の「半ズボンの神話」を読んできました。文字だけでもアレだし無断撮影した写真をどうぞ

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巻頭グラビア(?)かわいいですね。ショタコンの好みは時代を超えるんでしょうかね

 

読んだといっても、時間がなくて飛ばし飛ばしでしたが…

写真は全部で10枚いかないくらいであとは小説でした。その小説がまた難解で、少年との性行為がものすごい詩的に描かれていました。

読んでるときに、いつも考えている半ズボンの言葉にできない魅力が、「おお、こうやって表現すればいいのか!」と腑に落ちた文章があったと思うんですが、忘れてしまいました。まあ私ごときが何を語っても薄っぺらくなってしまいますから、実際読んでみてください。

しかし1972年発行で、その時すでに半ズボンは少年愛に欠かせないものだったわけですよね。ブリチラという言葉も頻繁に出てきます。懐古ではなく語られる半ズボンの存在ってどんな感じなんだろうな~。

 

こんな屁のような感想は置いておいて2016今の天てれを憂おうぜ!なぜ、普通の男の子がいないんだよ。別にかわいくないとはいわないけど、なんで、ちょうどいい年齢のどこにでもいる程度の容姿のてれび戦士がいないんですか。髪型とか全員おかしすぎるよ!

憧弥ほど美形でなくて全然いいから(むしろそのほうがいい)たまに映る一般のショタと変えてくれよ~~全然世代じゃないけど元てれび戦士山元竜一くんが好きだった。

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半ズボンのロマン

前回の更新から死ぬほど空いてしまいましたが、書いていきます

ええっと、めんどくさくなったので、いきなりですが、少年というものの真の魅力に気づけたのは、「半ズボン」との出会いです。

なんとなく「少年 三次」でグーグル検索していましたら、ある画像掲示板(今は閉鎖した)を見つけました。そこに貼られていた画像、俗にいうナ○キ画像に私は衝撃を受けました。

昭和のフィルムの写真、小6、中一あたりの男の子が公園の階段で大股広げているのです。明らかに不自然な恰好。しかも超短いズボンで、ブリーフをはみ出させ。上目づかいでレンズを睨む目は、何もかも知っているかのようにも何も考えていない風にもとれました。

最初は、エロイとかそういう感情は湧かずなんかわからんけど見てはいけないものを見ちゃったなあと思いました。ですがその後数日間ずっと頭の中に残りもう一度調べずにはいられませんでした、すると次々と似たような写真が出てくる出てくる。「あっあのローラースケートの子だ!」とか、「まーた使いまわしか」とか「なんだこのクソだせえノースリーブ半纏は」とかいろいろ笑いながら、画像をひたすら集めました。あのダサい古い感じがいいんだよね。抜くには適してないかもしれないけど少年の美は最大限に感じられると思います。

しかしこれは現代の情報社会のいい点であり悪い点でもあると思いmす。未成年でも簡単に道徳的によろしくないものを閲覧することができる。まあとりあえずそれで半ズボンというものの存在を知りました。平成生まれの人間は、普通に生きているとあまり80年代後半のパツパツハミケツブリチラ半ズボンを知る機会はないです。

 

それからは、生き甲斐を見つけたなって感じでした。画像を掲示板で漁りまくり、半ズボンをみるためだけに昭和の邦画やドラマを見まくったりしました。うちの子にかぎってとか半ズボンパラダイスって感じで天国だった。内容も風刺が効いてて面白かったし。

まあナオキほど短いのはあまりありませんでしたけども。いつしか、ショタコンなのか、半ズボンマニアなのかわからなくなっていました。私は絵も描くので、究極の半ズボンショタを描くために毎日試行錯誤したりもしました。今でもしています。

だけどこういう形でも、本当に熱中できるものを見つけられるっていうのは素晴らしいことだと思います。半ズボンと出会ったあの日から毎日楽しいです。友達は少ないですが大丈夫です。

最後に、おねショタは死んでほしいと思います。私が女だからか、女性メインで描かれることが多いからかわからないけど、なんか腹が立ってきます。私は尻フェチのAVとかもたまに見ますが確かに女の体はエロイが、ショタと交わらせることないだろっていう感じです。嫉妬かもしれません。あー腹たってきた。レイプであることには変わりないのになんかショタ側がおいしい思いしたみたいな感じになるからか。どうせ、ショタだけじゃなく成人男ともやってんだろ。くそ、その程度の気持ちでいい思いしやがって!!しかし、もし万が一、そういう裏ビデオを見れるって言われたら、見るとは思いますけど。

ブログをはじめた

はじめまして、私は10代の女です。私はショタコンであり少年愛者であり、腐女子ともいえるかもしれません。主に三次元の11~13の少年が好きです、特に太もものあたりが・・・

 

自分語りしていいですか。私がショタコンだと自覚したのは小学校4,5年のときでした。もともとアニメなどに興味がありオタク見習いだったのですが、やおい、BLの存在を知り、多数派である腐女子にならなければ…と思い、持ってたDSiwi-fiにつないで、ホモを漁っていました。

しかしどうも、版権BLにはハマりきれませんでした。そんな時、初めてマン汁ブシャーとなったものを見つけた!それは…小説家になろうで連載していた浜野マチさんの「あきらくんとぼく」という作品でした。

この小説は、田舎の小学生二人がオナニーなどを教えあって、結局ホモカップル誕生みたいな話だったんですが、最初読んだとき、内からなにかこみ上げるのがわかりました。私は気づいた。私はショタコンであると。

その後は、いろんなショタサイト(小説が多かった)で自慰という名の自分磨きをしていたんだよ。萌萌幼稚園さまや、マンゴードロップスさまなど・・・布団の下で隠れて読んでたことが昨日のように思い出されます。

しかしまだこの頃は、本質である、三次元、実在する少年の魅力には気づいていない、いや、気づこうとしていませんでした。それは、周りに生身の「ショタ」がたくさんいたから、申し訳ないというか、やっぱり友達を性的な目で見るのがはばかられたからだろうと思う。そうして小説に飽きてくると徐々にショタに対する熱は薄れていきました。なんとなく認めたくなくて、自分から離れていったのもあるかと思う。

 

ではどうして私が再度ショタにはまり、そして三次の魅力に気づいたか、それは次回書こう。このブログ誰も見ないだろうけど、これからも書いていくよ。ショタコンの人でも、別にそうじゃなくて私をキモイと思う人でも、よかったら、コメントしてね。